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幼稚園時代(〜1991年)

高度経済成長の影響で公害問題が表面化した時代を経て、1980年代は環境問題が叫ばれるようになる。その社会問題を取り入れた勧善懲悪物のアニメが「ゲゲゲの鬼太郎(第3期)」。幼稚園時代の夕方に再放送で毎日やっており大好きでした。人間が環境破壊など私欲に走って悪事を働き、それがきっかけで妖怪が悪さをする。それを鬼太郎が人間を味方して退治してくれるのが主な流れ。幼心に「人間は悪いことをするから いけないんだ。」と刷り込まれる。

小学校時代(1992年〜1997年)

早生まれで体は小さく、幼稚園・小学校時代は背の順はずっと一番前。3人兄弟の長男だが、弟キャラとして幼少時代を過ごす。低学年時代に強く影響を受けたのが「ドラえもん のび太とアニマル惑星(1990年)」、「ドラえもん のび太と雲の王国(1992年)」。人間が環境破壊をすることによって、自然が失われ、動植物たちが失われていく内容を描いている。

この影響から、「環境問題が大変だ。どうにかしなくちゃ。」と強く思うようになり、「幽遊白書・仙水編(1994年)」や「平成狸合戦ぽんぽこ(1994年)」などのアニメでもその気持ちが強化されていく。

中学年以降、近所の仲の良い幼馴染2人と川原や森で遊ぶようになる。彼らは小学生にしてはとても高度な科学の話をするので、その話題についていくのに必死だった。全員アスペルガー傾向。(結果、私達3人とも理系大学院を卒業することになる。)
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高学年になると、「たけしの万物創世紀(1995年〜2001年)」という科学情報ドキュメンタリー番組が始まり、録画して繰り返し視聴する。将来の進路として「科学者」をイメージするようになる。

5年の運動会前夜リレーの練習で股関節が痛み、足が外れてしまうのではないかと感違いし、足がくっつくように一晩圧力をかけ続け、結果股関節炎を発症し1ヶ月入院。(原因に気づいたのは何年も先。)当時担任だった先生が家庭教師に来てくれるなど熱心で、後に目指す教員像となる。

中学生時代(1997〜2000年)

当時学校で一番厳しい部活という点と、「るろうに剣心(1996〜8年)」がマイブームだったことから上記幼馴染2人と剣道部に入部、最終的に三段まで取得。補欠の状態だったが最後の大会で個人戦で準優勝まで登り、レギュラーを掴めたのは大きな自信となる。一方で、洗顔石鹸の使い方をずっと間違えており(塗るものだと思い、洗い流さなかった)、ひどいニキビ面になる。

高校時代(2000〜2003年)

校則の無い自由な校風に惹かれ、地元中学から唯一某私大の附属高校に進学。1年目は男子校、2年目から共学化と両方の校風を体験。3年目にイギリスに1ヶ月間の語学研修に参加し、外国への抵抗がなくなる。自然科学を学びたかったので、法学部が有名な文系には進まず理系へ。12月まで学校の勉強をし、センター1ヶ月前から受験勉強開始。センター試験と後期試験に焦点を絞って勉強し、95%が附属の大学には進む中、某国立大学へ進学。
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大学時代(2003〜2007年)

入学と同時にマジックサークルとマンドリンクラブに入り、アルバイトと授業の時間以外はサークル会館でずっと練習し、家には寝に帰るだけの生活を続ける。人生経験として1年に2種類ずつアルバイト(ディズニー等)。鳩出しを専門とた様々な技を取得したり、コンサートマスターとして活躍したり、友人に囲まれた楽しい3年間を送る。4年次から学部内で一番難しそうな内容を扱っていた大気物理の研究室に入る。同期生はおらず、完全放置の教授と全く助けてくれないけれど厳しい博士との辛い3年間を送る。
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大学院時代(2007〜2009年)

ノーベル賞を受賞したIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の末端の末端に当たるエアロゾル研究に従事。地球の放射収支(温暖化)に影響が大きいエアロゾルを評価するというもの。随分前から気候変動は人為起源であるということがわかっていながら、それを変えられていないという現実。科学の力でどんなに正確に未来を予測したとしても、人の行動を変えないと地球規模の環境問題はどうしようもないという現実に直面。自分の中で「環境問題を解決には科学ではなく、人を変えないといけない。人を変えるには教育が一番の手段。」という結論に至る。ネパールの農村での1ヶ月間のボランティア経験を通しても、貧困の連鎖や無学による就労機会の喪失等から、教育の大切さを再確認。
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会社員時代(2009〜2012年)

教育を最大化するにはインターネットの力が一番と思い、日本最大のポータルサイトの会社に就職。プログラミングができない状態で入ったので、即戦力の同期たちとの力の差に衝撃(10年頑張っても到達できないレベル)。1年目でいきなり企画になるも、超絶ポンコツ社員。検索結果をよくすることが教育向上につながるというモチベーションを持っていたが、社内の検索エンジンがGoogleに変更される。グルメや芸能人などの検索結果を良くすることに力を注ぐ現状もあり、広めるべき教育は何かを学ぶため現場レベルで教育に携わりたいと思い、通信制大学で小学校教員免許の取得へ。東日本大地震の際にインターネットの力を再確認するも、ボランティアとして現場に入っている方が得られる事が多いと感じる。
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はざま時代(2012〜2013年)

教育実習に4週間行かないといけないので退職。教育現場のあまりの過酷さに衝撃を受けるも、後に引けないので教員の道へと進む。教員になるまでの間に世界一周。色々な国の教育現場を見学する。
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新人教員時代(2013〜2016年)

長期休み以外は土日出勤は当たり前の生活を3年間続ける。長期休みは海外へ。教員としての資質は足りなかったが、算数が専門の校長の元で毎日のように授業計画を見てもらい、徐々に指導力が向上。
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協力隊時代(2016年〜2018年)

東京オリンピックの影響で条件が緩和され、3年経験があれば現職教員として協力隊に参加することができるということで即応募。現在に至る。

まとめ

・好奇心旺盛でおっちょこちょい。
・能力は高くないが、行動力あり。
・人生の目標は教育改革